私はもともと雑誌の編集プロダクションで働いていました。その後、ブックライターとしての仕事もするようになり、近年はWEBサイトの記事も書いています。
雑誌、書籍、WEBと異なる三つの媒体を経験してわかったのは、媒体が違えば、原稿の書き方も求められるスキルも違うということ。というわけで今回は、雑誌、書籍、WEBそれぞれの原稿の書き方の違いと、求められるスキルについて勝手に考察してみます。
CONTENTS
- 雑誌ライティングで求められるのは「構成力」と「調整力」
- ブックライティングは「俯瞰力」と「持続力」がカギ
- WEBライティングには柔軟な「対応力」が不可欠
雑誌ライティングで求められるのは「構成力」と「調整力」
例外もあるでしょうが、雑誌はページあたりの文字数が厳格に決まっています。誌面はまずデザイナーがデザインを組み、ライターは指定された文字数に合わせて原稿を書く。このようにデザイン先行の進め方を「先割り」といい、雑誌では先割りが主流です。なお、原稿が先で、原稿のボリュームにあわせてデザインする方法を「後割り」といいます。
雑誌で先割りが主流なのは、「そのほうが誌面が美しいから」。このひと言に尽きるかと思います。腕のいいデザイナーさんが組んだ誌面は本当に美しいのです。写真やイラスト、余白、原稿のすべての要素が最良のバランスで配置されています。読者の視線の動きまでもが計算されているので、必要な要素がすんなりと目に入り、読むのにストレスを感じません。
デザインにこだわっている雑誌であれば、
1)「改行するときは、改行前の原稿が1行の半分以上を満たしていること」
2)「キャプションはカンパコで」
といったルールが設けられていたりもします。
1)について説明すると、その雑誌では1行の文字数が20文字だとします。その場合、
と思われる。
というように、6文字で終わる行があってはいけないということです。前の文章を調整して
については××と思われる。
という具合に、20文字の半分以上、つまりは10文字以上になるようにしなくてはいけません。
2)の「カンパコ」は「完全箱組み」の略語だったと記憶しています。キャプションの文字数が20文字×20行でカンパコ指定なら、「20文字×20行にぴったりで書いてくださいね、1~2文字の不足も許されません」ということです。
1)2)のようなルールがあるのはなぜか。もちろん、「そのほうが紙面が美しいから」です。最近は1)2)のルールを徹底している雑誌は少なくなったような気もしますが、たまにそういう雑誌を見かけると、なんというか、気概を感じます。
以上のように、雑誌ライティングはほかの媒体に比べて文字数の制約が多いのが特徴です。したがって雑誌ライティングには、「指定の文字数のなかで起承転結をつけ、読者に読ませる構成力」と、「指定の文字数に合わせて原稿のボリュームを増減できる調整力」が特に求められるような気がします。
なお、調整力は、語彙力にかかっているといっても過言ではありません。文字数に合わせて原稿のボリュームを増減するには、一つの語句をほかの適切な文字数の言葉に言い換えるスキルが必要だからです。
ブックライティングは「俯瞰力」と「持続力」がカギ
私がブックライターとして書いた書籍は、文字数が少ないもので4万文字、多いもので10万文字超ありました。雑誌やWEBのライティングに比べると、ブックライティングはとにかく原稿量が半端なく多いのです。
雑誌に比べると、文字数の制約はそれほどありません。「1つのテーマにつき、2~4ページで説明する」というデザインの本であれば当然、文字数の調整は必要です。けれども、雑誌に比べればゆるいものです。
大切なことなので二度いいますが、ブックライティングはとにかく原稿量が多い! 原稿量が多くなれば、それだけ執筆期間も長くなります。原稿量が多く、執筆期間が長くなるとどうなるか。どこの章・節に、どんな内容を書いたのかを忘れます(私の場合)。
全体を書き終えて最初から最後までとおしで読んでみると、「この説明を先にしておかないと話が通じない」とか、「このエピソード、そういえば前の章でも出てくるわ・・・・・・」とか、話のつじつまが合わない箇所や、ネタの重複に気づきます。
だからこそ、「どこの章・節にどんな内容を書いたのか」を把握して、話の展開に破綻がないよう、またネタの使い回しがないよう、情報を適材適所に配置する「俯瞰力」が必要なのです。構成力とほぼ同義ながら、雑誌に比べて文字数が圧倒的に増える分、全体をより俯瞰するスキルが必要です。
もう一点、「持続力」も求められる仕事です。ライターのなかには、「私はブックライティングのように長い文章を書くのは無理」と謙遜する人がいますが、そんなことはありません。800字の原稿を数本かけるスキルがあれば、ブックライティングはできます。
書籍の原稿はいくつかの章で構成されています。章はさらにいくかの節からできています。一つの節は600文字だったり、800文字だったりするわけです。つまりブックライティングは、800文字の原稿を50本なり100本なり書くのと同じこと。ただし、来る日も来る日も同じテーマで原稿を50本、100本と書き続けるには「持続力」がいります。
また、推敲・校正に欠かせない作業とはいえ、自分で書いた長文を二度、三度くり返し読むのはなかなかの苦行です。内容がわかっているだけに飽きますし、自分の至らなさにつらくもなります。それでも作業を淡々と進めるにはやはり、それなりの「持続力」が必要だと思うのです。
WEBライティングには柔軟な「対応力」が不可欠
企業のオウンドメディアの記事を書くこともありますが、WEBライティングについてきちんと勉強したことはありませんでした。けれど、コロナ禍で仕事が落ち着いた(ひらたくいえばひま)になった時期があったので、WEBライティングに関する本をいくつか読んでみたのです。そうしたら、WEBライティングと、雑誌および書籍ライティングと大きく違うことにびっくりしました。
具体的にどう違うかというと・・・・・・。
1)文章は3~5行で一段落とし、段落の間は一行空ける
最近のWEB記事を見ると、一つの段落は3~5行(1行はWordで40文字換算。もう少し多いこともあるようです)で、段落の間は1行空けるのが主流のようです。細かく段落を分けて行を空けるのは、「スクロールして読む」というWEB記事の特性ゆえ。
確かに、スクロールしながらさーっと記事に目をとおすのであれば、雑誌や書籍のように文字がつらつらと続くよりは、3~5行でひとかたまりになっているほうが読みやすいですよね。そういえば、最近は書籍でも段落の前後を1行空けるものが増えているような気がします。
2)指示語は省略しない
雑誌はとくに文字数の制約が厳しいので、「これ」「この」「それ」「その」などの指示語を上手に活用して、文字数を節約しなくてはいけません。一方、WEB記事は、スクロールしながら流し読みされるのが前提です。そのため、指示語はあまり好まれないのだとか。これは私にとっては非常に発見でした。
たとえば、
スティーブ・ジョブズは大学を中退し、インドを放浪していた。そのときジョブズは禅を学びたいと考えるようになった
という文章があったとします(内容は適当ですよ!)。雑誌や書籍のように原稿が隣接していれば、「そのとき」が「インドを放浪していたとき」を指すのだとすぐにわかります。
けれど、「スティーブ・ジョブズは大学を中退し、インドを放浪していた。」という文章と、「そのときジョブズは禅を学びたいと考えるようになった」という文章の段落が違っていてたらどうでしょうか。スクロールして読んでいる読者は、「『そのとき』っていつのこと?」と疑問に思うかもしれません。だからといって、「そのとき」がいつなのかを確認するためにわざわざ前の段落に戻るのも面倒です。そうなると、一気に読む気がなくなり、そのサイトを閉じてしまう可能性もあります。
そこでWEB記事では、
スティーブ・ジョブズは大学を中退し、インドを放浪していた。
インドを放浪していたとき、ジョブズは禅を学びたいと考えるようになった。
とするのがベターなのだそうです。WEBライティングならではの作法だなと感心しました。
検索率を上げるために、SEOキーワードを原稿に散りばめるというのもWEBライティングならではです。一つの原稿のなかで同じ用語をくり返すのは“野暮”であり、「いい文章」「うまい文章」とはいえない――。文章の書き方本などにはそう書かれていますし、私自身、そう思っています。けれど、WEBライティングにおいては、SEOキーワードに限っては重複はNGではありません。
SEOキーワードを適度に散りばめつつ、一つの段落が3~5行になるように原稿を区切り、流し読みを前提にあえてていねいに説明する……。WEBライティングは、雑誌や書籍のライティングとはかなり違います。
また、比較的新しい媒体なので、インターネット技術の進化などにより、書き方の作法はこれからも変わっていくことでしょう。そんなWEBライティングに必要なのは、WEBに関する知識を日々アップデートして原稿に反映する「対応力」が求められるのかなと感じます。
NOTE
先日、知人のライターとWEBライティングについて話していたとき、「最近はWEBライティングの仕事が増えたけど、雑誌のライティングだけで食べていたときよりも文章がへたになった気がする」といっていました。私自身、文章のうまさや完成度・品質という点においては、初心者の方の参入も多いWEBより雑誌や書籍のほうが上だと思っていました。
けれど今は、「へたになった」というのは正確ではなく、雑誌で磨かれたスキルを発揮しにくくなっただけではないかと感じています。そもそも、WEBと旧メディアである雑誌や書籍を比較すること自体が、ナンセンスかもしれません。今後、WEB記事を読み慣れた世代が雑誌や書籍の原稿を読んだら、「雑誌や書籍の原稿は読みにくい・わかりにくい」と感じる可能性も十分あるわけで。
言葉が時代とともに変わるように、「いい文章」の定義も、媒体や時代によって少しずつ変化しているのかもしれません。

